「困ったときにどうするか?―大学院留学生活でのトラブルシューティング―」谷川洋介さん

      「困ったときにどうするか?―大学院留学生活でのトラブルシューティング―」谷川洋介さん はコメントを受け付けていません

困ったときにどうするか?―大学院留学生活でのトラブルシューティング―

谷川洋介さん(個人ウェブサイト:https://yosuketanigawa.com/
現所属:MIT コンピュータ科学・人工知能研究所 計算生物学研究室 ポスドク
留学先:スタンフォード大学 医学部 バイオメディカルインフォマティクス博士課程

読者の皆様、はじめまして。谷川洋介と申します。私は、DNAに書かれた遺伝情報とその多様性、およびそれらの疾患などへの影響について研究をしているポスドク研究員です。この2021年6月までは米国西海岸で大学院生をしていましたが、卒業・所属先の変更にともない、7月から東海岸に引っ越しました。新天地での研究生活にワクワクしています。

このたび、名古屋大学の学生さんを主な聴衆として企画された2021年夏のオンライン・パネル・ディスカッションに参加し[1]、それに伴いニュースレターに記事を執筆する機会を得た。私も何年か前は学生会主催の説明会に聴衆として参加していたこと、いろいろな人のサポートを得て留学を開始し無事に学位を取得できたことを考えると、とても感慨深い。このような情報提供の機会を長年にわたって維持・運営してくださっている、皆さまに感謝している。

大学院生活の月日を経て、留学準備などの細かいところに関する知識も抜け落ちつつある。そんな私でも執筆できる有用なコンテンツはなんだろうかと考えたとき、大学院生活でのトラブルシューティング術というトピックが脳裏に浮かんだ。大学院でのトレーニングは何年にもわたる長いものとなる。素晴らしい経験も数え切れないほど得られるであろうが、時には難しい体験が待ち受けているかもしれない。もし、あなた自身は順風満帆な研究生活を送っていたとしても、あなたの周囲の同僚は何らかの困難に直面しているかもしれない。そんなとき、どうすればよいだろうか?

もちろん、大学院生活のなかで直面しうる問題はさまざまで、どのような解決策が最も効果的かは、状況次第ということになるだろう。具体的なエピソードが公開されているケースも少ないかもしれないが、信頼できる相手に相談することで道が拓けることがあると思う。下記のエッセイでは、どのような相手が相談にのってくれる可能性があるかについて、私のまわりで見聞きしたことをもとに検討し、5つの仮想的なシナリオを使って例示することを試みた。個々の状況に当てはまらない項目も含まれているだろう。また、私が見落としていることも多くあると思う。結局のところ、個々の状況をどのように解決へと導くかは自己判断となってしまうが、この記事がなんらかの形で誰かに役立つことを切に願っている。

Fig 1. スタンフォード大学のキャンパスの様子。青空が眩しい。オンライン授業期間中に撮影したためか、ほとんど人がいない。

ひとりで抱え込まない

大原則として挙げられるのは、なんでも一人で解決しようとしないこと。助けを求めれば、多くの場合救いの手が差し伸べられる。しかし、助けを求めないことには、手助けは得難い。具体的な内容を事細かに説明するのがためらわれる状況であったとしても、「自分は困っている」とだけ述べることだけでも、有用であることが多くある。ひとりで抱え込んでしまうと、困っていることに周囲は気づかないものだ。米国西海岸での留学中は、「こんな些細なことでも相談して良いのか」というように驚くこともたびたびあった。では、だれに相談するのが良いだろう?

だれに相談するか?

指導教官

相談相手の候補としてまず挙げられるのは、やはり指導教官であろう。日々の研究に関する相談だけでなく、実験機器などの研究環境、後輩の指導、コラボレータとのやりとり、卒業後の進路などのキャリア形成などなど、指導教官と話すことで解決の糸口が見えてくる話題も多い。指導教官が解決できる種類の問題ではない場合であっても(ビザの更新や病院への訪問など)、あなたが何らかの問題の対処に忙しいことは耳に入れておくべきだろう。連絡なく研究室に来なくなってしまったと思われるのは、得策ではないだろう。日頃から頻繁にアップデートをする習慣をつくっておけば、なにか助けが必要なときにも役立つのではないだろうか。

教授・ティーチングアシスタント(TA)

受講している授業で何らかの困ったことがある場合は、ティーチングアシスタント(TA)や教授が、自然な相談先だ。私がアメリカ西海岸での留学中に驚いたことの一つに、TAに対する質問・相談の多さが挙げられる。学生からのリクエストに対応するうち「こんなことでも相談してよいのか」「こんな個人的な事情を相談に持ち出してよいのか」などと思ったものだ。期末試験前になると学生の祖母が危篤になる割合が有意に高まるという”The Dead Grandmother/Exam Syndrome”[2]も知られているが、本当に困った場合はきちんと連絡しよう。

Fig 2. カリフォルニア州とネバダ州の境界付近にあるスキー場からの眺め。奥のほうにタホ湖が見える。研究に打ち込むだけでなく、息抜きも忘れないようにしたい。

学部・学科・研究室のスタッフ

指導教官や授業の担当教授などに相談が難しい場合、あるいは相談してみたものの望ましい解決策が得られなかった場合などは、学部・学科・研究室のスタッフに相談してみるのも一考の価値がある。学科によっては、研究指導を担当する教員とは別に、授業の履修のアドバイスを行う「アカデミック・アドバイザー」とよばれる教員が各学生割り振られたり、学生のセミナー発表の練習の相手をしたりアドミッションを担当する「エグゼクティブ・ディレクター」というような常任のスタッフがいる場合もある。指導教官がインダストリーなどに移籍してしまった場合や、何らかのトラブルが起きてしまった場合に、これらのスタッフの助けを経て指導教官を変更した学生の例を聞いたことがある。また、インターンシップや卒業後の進路を探しているときに相談すると、学科の卒業生などを紹介してもらえる場合もある。

共同研究者・同僚・友人や博士論文審査委員会の先生方

問題の性質によっては、共同研究者・同僚・友人などに相談することも有用である。ひょっとしたら他にも同じようなことに困っている人もいるかもしれないし、同様の問題を解決した人に巡り会えるかもしれない。

また、博士論文審査委員会(thesis committee)の先生方に相談するという選択肢もある。コミッティーの先生方に年に一度くらいのペースで進捗報告をしておき、卒業のために必要な要件(どの程度の研究成果を挙げる必要があるのか)を明確にしておくと、博士論文審査会での不幸な驚きを避けることができるだろう。また、指導教官が卒業間近の学生を手放したくないために、過度な要求を学生に課すことを避けることにもつながる。コミッティーの先生方が、あなたの興味や研究の内容をある程度理解してくれている場合は、インターンシップや卒業後の進路に関するアドバイスを求めることもできるかもしれない。折に触れて、コミュニケーションを保つように心がけたい。

大学の学生相談センターなど各種リソース

自立した研究者としての振る舞いを期待されることも多い大学院生ではあるが、学生であることにはかわりはない。教育機関の提供するサービスを利用しない手はないだろう。留学先の大学には、想像をはるかに超える多種多様なオフィスによる充実したサポート体制が敷かれていた。たとえば、キャリアオフィス(履歴書の文例紹介や添削をしてくれることもある)、アカデミックライティングサポートセンター、メンタルヘルスサポート、Title IXなどのハラスメント防止・対応オフィス、オンブズマン、テクノロジー・ラインセンシング・オフィス(知財・特許など)、障害者サポート、インターナショナルオフィス(ビザ・滞在・就労資格など)、ハウジングオフィスなどは、5年間の留学生活のあいだに、その存在を見聞きしたり、お世話になったりした。このほかにも、数多くのリソースがあるのだろう。これらのなかには、相談の内容をコンフィデンシャルに取り扱ってくれるところもある。これらの充実したサポートは、米国の大学の学費が、一般に日本と比べるとはるかに高額であることとも関係があるのかもしれない。これだけのリソースがあると、どこに相談してよいかわからないようにも思える。私の留学先には、学生相談なんでも窓口というような電話番号があり、適切な部署を紹介してもらえた。また、ほとんどのリソースは、本来の守備範囲から少し外れたことを相談すると、より関連性の高いところを紹介してもらえる場合が多いだろう。

Fig 3. タホ湖。夏はカヤックなどが楽しめる。

ケース・スタディ

ここで、いくつかの具体例を挙げて、上記のようなリソースをどのように利用できるか検討したい。とはいえ、実際にあったエピソードを詳しく書くことは難しいため、私の身の回りで見聞きした状況をもとに、5つの仮想的な状況を考えた。主に研究室に所属して研究する自然科学系の博士課程を想定したシナリオになっている。

1) 授業についていけない・Qualifying exam の準備が間に合わないように思える

博士課程の場合、最初の数年にいくつかの授業の履修が要求され、Qualifying exam に合格することが期待されていることが多い。それぞれの授業あたりの宿題の量や、言語の違い、あるいは学部時代と専攻分野を変更したなどの様々な理由で、授業についていけない、Qualifying exam の準備が間に合わないように感じることがあるかもしれない。また、そのような状況になると、私がこの大学院に進学したのはなにかの間違いだったのではないか、という疑念にかられ(imposter syndrome という名前がついている)精神的プレッシャーから、勉強や研究がますます手につかなくなる、というような悪循環に陥ってしまうかもしれない。

このようなときは、一人で抱え込まずに誰かに相談することが大切だと思う。授業のTAや先生に助けを求めることも有用かもしれないし、学科のカリキュラム担当に、その学期に受講している授業をいくつかドロップできないか、あるいは Qualifying exam の受験時期を変更できないか聞いてみることもできるかもしれない。また、研究の指導教官に、授業や Qualifying exam に集中するため、研究へのエフォートを減らす期間を確保しても良いか、相談することもできるかもしれない。同じ授業を受講している他の学生や学科の同級生と、勉強会をはじめてもよいかもしれない。学科の先輩に、どのように Qualifying exam を乗り越えたか助言を求めることも可能だろう。

どのリソースが最も助けになるかは状況次第だが、一人で抱え込まないことが大切だと思う。

2) 授業料・生活費をサポートするファンディングが確保できているかわからない

博士課程の授業料・生活費は、フェローシップやグラントなど、いろいろな財源から支給されていることが多い。大学院の合格時に、卒業までのすべての年数の財源が確保されないことも多く、所属した研究室のファンドレイジングの状況次第となるかもしれない。ファンディング問題に対処するには、授業料・生活費の支給の約束を書面でとりつけておくこと、書面で約束されていた期間が終わる前から、次の財源を確保するように積極的に動くことが大切になると思う。たとえば、学科でTAをすることが可能なのか、TAをやるにあたって満たしておくべき条件などはあるのか(英語の試験や Qualifying exam をパスすることなどが課されてることを聞いたことがある)、大学内外のフェローシップに応募することはできるのか、などなど、いろいろ調べることは有用だと思う。このような財源確保の問題は、とくに珍しい困りごとでもないので、学科のアドミニや、指導教官に相談してみると良いだろう。

Fig 4. 太平洋に沈む夕日。スタンフォード大学近郊のベイエリアでは、車があると活動可能な範囲が広がる。

3) 興味のない(共同)研究に巻き込まれ、自分が本当に興味がある研究のための時間がとれない

博士課程の最初のほうに始めた研究に興味を失ってしまうかもしれない。あるいは、グラントなどファンディングの関係で、何らかの研究をすることが期待されているが、そのテーマが自分の研究の興味を一致しないということもある。また、すでに習得しきったスキルをただただ当てはめ続けるだけの研究を繰り返していると、大学院後半での学びの機会が減少してしまうということもありえるだろう。研究室や所属学科の他の学生・研究員と話をしたり、友達と話すことで、自分があまり注目していなかった研究プロジェクトの隠れた一面に気づき、興味関心が回復することがあるかもしれない。そのようなことも望めないとき、何も言わずに手を動かすことを止めてしまっては、問題を先送りにすることになってしまう。指導教官や、 thesis committee の先生に相談してみてはどうだろうか。交渉により妥協点を見出すことができるかもしれない。

4) 指導教官が企業や他の大学に移籍することになった

大学間でのファカルティの引き抜きや、先生の企業の移籍という話も見聞きすることがある。研究室に所属し、そのリソースを使いながら研究するタイプの分野の場合、これは一大事だ。このとき、何がベストの選択肢となるのかは、個々の状況による。学科の先生やアドミニに連絡すると、過去の事例の紹介を含めて相談にのってくれるだろう。

どのような観点について検討するのがよいだろうか。他の大学への移籍という場合であれば、学生やスタッフもついていくことができるかもしれない。その場合は、移籍先の大学や周辺の街での生活により、自身の生活にどのような影響があるか調べることが必要だろう。また、現在の大学に残るのであれば、新しい指導教官となってくれる人を探さなくてはいけない。今までやってきた研究を今後も引き続き遂行できるのか、それとも新しい指導教官の期待するテーマに鞍替えすることが求められるのか、ファンディングの状況を含めて確認することが必要だろう。今までの指導教官は、テレビ会議などで、研究指導を継続してくれるだろうか?その場合、今までと同じくらいの時間を割いてミーティングや論文指導をしてくれるだろうか?企業への移籍の場合、インターンシップなどの仕組みを利用して、研究を継続できるかもしれない。

いずれの場合も、いろいろな関係者と相談し、どのような選択肢があるのか、それらの利点・欠点を幅広く検討することが有用だと思う。

Fig 5. 2021年6月 ソーシャル・ディスタンスに配慮した卒業式の様子。写真のどこかに筆者がいるはず。撮影者の許可を得て記事に使用した。

5) 何を達成すれば卒業できるのかわからなくなった

博士課程の終盤ともなれば、あなたは研究室の主戦力の一人として活躍していることだろう。自身の研究も遂行する一方、下級生や新規に加入したメンバーとの共同研究やコーチングなどをこなしているかもしれない。また、あなただけがもっているスキルが、研究室の成果の根幹に結びついているかもしれない。このように、卒業間際の博士課程学生は、しばしば研究室の運営にとって不可欠な人材となる。

このとき、指導教官に卒業までのマイルストーンを引き伸ばされてしまう可能性がある。あともう一つ論文を仕上げたほうがあなた自身のキャリアによりポジティブなインパクトがある、などと説得されてしまうかもしれない。個々の状況を鑑みて、あなた自身が主体的に何がベストの選択肢となるかを決めることが大切となる。そして、その結果を指導教官と相談し、合意を得ること、そして合意を得た卒業の条件を thesis committee の先生方とのミーティングで説明をしておくことが有用となるのではないだろうか。

おわりに

今回の寄稿文では、留学生活で困ったことが起きた場合にどのようなサポートが得られる可能性があるか述べ、いくつかのケース・スタディを取り上げた。ここに挙げたことは筆者の経験と見聞きしたことによるもので、網羅的なものではない。書物などのリソース[3]もあわせて参考にし、自分自身で状況に合わせた判断を下すようにしてほしい。もちろん、困難に直面せずにすむのであれば、それに越したことはないが、学位目的の留学は何年にもおよぶことが多く、大なり小なり何らかのトラブルシューティングを行う必要もあるのではなかろうか。留学して日本の外に出かけたとしても、サポートをしてくれる親切な人々やリソースがあることには代わりはないし、ひとりでかかえこまずに、周囲の助けを借りて、乗り越える・回り道をすることは極めて有用だ。私たちも、身の回りに困っている人がいれば、助けを差し伸べられるよう、心の余裕を保ちたいものだ。

Fig 6. チャールズ川から見たボストンの街。夏はセーリングが楽しめる。

【参考文献・リンク】

[1]: 米国大学院学生会, 海外大学院留学説明会@名古屋大学 2021年7月10日(土)  https://gakuiryugaku.net/seminar/2864

[2]: M. Adams, The Dead Grandmother/Exam Syndrome, Annals of Improbable Research, 5(6) 3-6 (1999)

[3] E. Phillips, How To Get A Phd: A Handbook For Students And Their Supervisors (6th edition), Open University Press (2015). (日本語訳も出ています:角谷 快彦 訳. 博士号のとり方[第6版]―学生と指導教員のための実践ハンドブック―, 名古屋大学出版会 (2019))

谷川さんの個人ウェブサイトはこちらから:https://yosuketanigawa.com/