「英国神経科学修士留学での濃い1年間」オックスフォード大学加藤郁佳さん

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英国神経科学修士留学での濃い1年間

加藤郁佳

オックスフォード大学、University of Oxford

神経科学修士課程、MSc in Neuroscience

 

 私は2017年9月から1年間 、イギリスのオックスフォード大学、神経科学の修士課程に在籍し、修士号を取得しました。現在は理化学研究所の脳神経科学センターで引き続き脳の研究を続けています。先日、米国大学院学生会にご依頼いただき講演した内容を元に、英国大学院出願の経緯、準備期間が短い中での出願、入学後のコース内容について共有します。

留学に興味を持ったきっかけ

 私は大学に入ってから神経科学に興味を持ち、その中でもドーパミンという報酬に関わる神経伝達物質の意思決定や学習に関する機能に興味を持って、学部3年頃から研究室への出入りを始めました。そこで数理モデルを用いた研究を行い、学会発表や論文発表という形で外に出す過程で、科学の発見は英語での発信が非常に重要だということに気づき、徐々に海外で研究してみたいなと考えるようになりました。この頃は、学位を取ってから留学しようと考えていて、大学院での留学は考えていなかったのですが、学部4年生の卒業直前に参加した、OISTのスプリングスクールで、大学入学時から海外PhDを目指しているような人々と話したことが意識を変えるきっかけになりました。私は海外経験も全くなく、九州の公立高校出身で、両親も高卒ですし、東京大学に入っただけでもすでに遠くに来た感があり、海外で研究するとしてもずっと先のことだと思っていましたが、PhD留学を目指している人々は大学2,3年生の頃から準備していることを知って驚きました。

 その後、修士1年時にはドイツで学会発表をして、修士2年時にはサマースクールで1ヶ月ポルトガルの研究所に滞在したこともあり、徐々に英語で研究することが現実的に考えられるようになりました。決め手となったのはポルトガルの帰りにイギリスに渡航し、オックスフォードとケンブリッジの教授にコンタクトをとり、リバイス中の論文について話す機会をもらったことです。その際、英語で議論できたことや大学院受験を勧めてもらえたことが自信となって、ダメ元で出願してみようと思うようになりました。特に、オックスフォード大の教授が勧めてくれたWellcome trust財団はイギリスにしては珍しく、1年の修士と3年の博士の連結コースで給与もついていたので、このコースに絞って出願することにしました。

出願から留学までの経緯

 出願を思い立ったものの、その時は修士2年の8月、出願の締め切りは1月頭で、残り4ヶ月ほどしかありません。国内の主要な留学に向けた奨学金の締め切りは8月だというのに、まだ英語のスコアさえ持っていませんでした。計画性のある人は最低でも出願の1年前から準備を始め、語学の条件を満たし、奨学金を確保してから複数の志望校に出願…のはずですが、私は1校だけ出願、条件付きオファーをもらってから奨学金確保、英語のスコアを満たすという真逆の状況になってしまいました。私のような例は反面教師にしていただきたいですが、出願から面接までをまとめます。私が応募したコースで必要だった書類は、学部等の卒業証明書、成績証明、CV(履歴書)、Statement of purpose、推薦書でした。

 Statement of purposeでは自分の過去と将来の目標をつなげ、そのコースに進む意義を書きました。推薦書は私の場合は学部、修士の指導教員、共同研究者にお願いしました。このような応募種類の中からスクリーニングされ、応募者200人中20人ほどの候補者が面接に呼ばれます。私の場合は英語論文が出版されていたことがアドバンテージになったのではないかと思います。このときはCOVIDの前でしたし、給与付きポジションだったため、面接は現地で行われ、EU外からの渡航費は約10万円が支給されました。現地での面接では10人の神経科学に関連した幅広い分野の教授に自分の研究をプレゼンして質疑を受けるというものでした。私は最終的に補欠の連絡をもらい、5名という狭き門の4年(1年修士+3年博士コース)のオファーはもらえなかったものの、修士のオファーをもらいました。すでに日本で修士号を取得していたため、進学するか迷いましたが、留学経験がなかったことや、体系的に神経科学を学べる良い機会だということ、応募していた孫正義育英財団の財団生として奨学金をいただける目処が立ったことから、1年間の留学を決意しました。その後も英語の目標スコアがTOEFL110点(各セクションごとに最低点あり)or IELTS 7.5点(各セクション7.0以上)厳しく、スコアを上げるのに苦労して、一筋縄では行きませんでしたが、もらったオファーを無駄にしたくないという思いでなんとか入学まで漕ぎ着けることができました(写真1:入学式の様子)。

 

A picture containing person, music, outdoor, light

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入学式の様子

神経科学修士課程のカリキュラムについて

 オックスフォードは3学期制で、Michaelmas Term(10~12月の1学期)、Hilary Term(1~3月の2学期)、Trinity Term(4~6月の3学期)に分かれています。1年で修士号取得を目指すMSc in Neuroscienceでは1学期は座学&試験があり、2, 3学期はそれぞれ研究プロジェクト(修士論文2本)と授業とミニレビューをこなすという超濃密なスケジュールでした。最も辛かったのは1学期の試験で、神経科学の分子から高度な認知機能まで様々な角度からの質問に対して持ち込みなしで、実験結果を引用しつながらエッセーを書くというものでした。試験勉強を通じて、ある発見や知見を得るためにどのように1つ1つの論文が積み上げられてきたか学ぶことができましたが、レポート等とは違い、即効性のある英語力や論理構成力が求められるのは、英語圏での教育を初めて受けた私には難関でした。

 2学期は、ヒトの非侵襲脳刺激を行って脳活動を記録するというプロジェクトをプロトコル作りから実験・解析まで行って論文を書き、3学期はマウスのドーパミン細胞から記録を取って論文を書きました。3ヶ月で修論を仕上げ、それが2 回もあると言うと他のコースの友人にも驚かれたので、修士のコースの中でも珍しい形式だったようです。忙しくはありましたが、研究の流れを俯瞰し、アカデミックな形式でアウトプットする癖をつけるのに有効だったと思います。2、3学期の間にも選択制で授業があり、授業に関連した内容から自分でテーマを見つけレビュー論文を書くと言う課題もありました。こちらも論理を組んでアウトプットする能力が鍛えられ、こういった学びは日本の生物系・実験系の学科では得難い経験だと思いました。最後は提出した論文の内容に関する口頭試問があり、これに合格すると修士号が授与されます(写真2:友人のコースで最後の試験終了を祝う様子)。

 

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友人のコースで最後の試験終了を祝う様子

留学してよかったこと

 カリキュラム自体も良かったのですが、私が留学して一番良かったと思ったのは人との出会いでした。1番嬉しかったのは、今まで面識がなかった私の論文を引用してくれた教授と直接話を する機会を得て、授業中に紹介され、その後ラボセミナーでの講演に呼んでもらえたことです。他にも論文でだけ名前を見たことがある研究者の下で研究する機会を得るなど、研究を通じて全く交わる機会のなかった人々との繋がりを実感できました。近い分野の人だけでなく、様々な分野の友人ができたことも大きな財産になりました。世界中から留学生が集まっていて、特に大学院生は具体的な専門への興味を持ってやってきた人が多く、帰国してからも交友が続いています。

 さらに、日本の外での生の研究動向や研究環境が知れたのも大きなメリットでした。私が専門とするドーパミンや計算論的神経科学に関連して、数理モデルで精神疾患を理解する計算論的精神医学という分野が盛り上がっていることを知り、帰国後に論文データベースを作るなど、留学時に得た最新の知見を元に独自性のある活動ができました。そして、日本ではコンピューターサイエンスや計算論的神経科学の分野に進む女性は少ないですが、オックスフォードにはたくさんの女性研究者がいて、Woman in Computer Scienceと言う団体が主催したDeepmindでの研修に参加する機会もあり、研究環境での多様性の実現に向けて見習いたい点が多くあると思いました 。

さいごに

 1年の修士課程は短いですが、学問においても人との出会いにおいても非常に濃密な時間が過ごせました。学び直しや専門替え等での需要も高く、修士留学を転職に活用している社会人の留学生の方も多かったです。留学準備は大変で、特にCOVID-19の感染拡大が始まってからは状況に振り回され、難しい選択が増えているのではないかと思います。留学が一概に素晴らしいものだとは思いませんが、個人的には素晴らしい経験ができ、時間がなくても準備が十分じゃなくても諦めずに機会を掴んでおいて良かったと思っています。そして、私の場合は留学そのものへの準備不足が、日々の研究活動によって補われた側面が大きかったです。場所に関わらず、自分の仕事や研究など、日々打ち込んでいることを深めていくことが、どこかに行きたいと思い立った時に道を開いてくれると思います。

A person smiling at the camera

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加藤 郁佳(イギリス オックスフォード大学修士課程修了:神経科学)

脳の報酬系に関する基礎研究・デジタル治療や依存症の数理モデルの研究に従事。東京大学理学部生物学科にて2015年に学士、17年に修士を取得。東京大学総合文化研究科博士課程に進学したのち、休学して2017年9月、オックスフォード大学修士課程(神経科学)入学、2018年9月同修了。現在は理化学研究所にてドーパミン細胞の研究をしている。孫正義育英財団奨学生 (2017-)。計算論的精神医学の論文データベースCPSYMAPを開発。

個人HP https://ayaka-kato-neuroscience.mystrikingly.com/

データベースHP https://ncnp-cpsy-rmap.web.app/

Twitter @kayautoka