文系のアメリカ修士留学:比較国際教育学専攻の場合
白 河榮
放課後NPOアフタースクール、メリーランド大学カレッジパーク校教育大学院修了
私は東北大学の学部・修士課程にて英文学を専攻し、専門を変え、昨年12月にアメリカのメリーランド大学で2つ目の修士号(比較国際教育学)を取得しました。帰国後、教育系NPO法人に就職し、現在は都内の公立小学校にて「アフタースクール」という教育事業を運営する仕事をしています。本稿では、留学準備、現地での資金調達、留学を通して得たこと、という3つのテーマに絞って、私の留学体験を振り返ってみたいと思います。主に失敗から学んだことについて共有する形になりますが、文系のアメリカ修士留学を最大限有意義なものにするために、何かしら役に立つお話ができればと思います。
留学準備~研究計画の大切さ~
東北大の院1年目だった2018年1月から、本格的に留学準備を始めました。たくさんの準備項目がある中で、TOEFLやGRE等は成功的でしたが、文系学生にとって一番の課題である奨学金の獲得には失敗してしまいました。日本国内における海外留学奨学金のうち、文系でも応募できるものは限られており、修士課程の場合は博士に比べてより狭き門、という印象です。私は国籍が韓国なので、外国籍でも応募可能な奨学金はさらに限られましたが、資格を満たしているものにはほとんど応募しました。しかし、結果は全敗。振り返ると、失敗の一番の要因は、研究計画・将来計画の甘さだったと思います。特に私の場合、専門分野を変えての留学だったので、当該分野について一から独学しなければなりませんでした。修士課程にフルタイムで在籍して学業をこなしつつ、全く新しい分野の大学院へ出願するというのは想像以上に大変で、当時はできる限り頑張ったつもりですが、人からお金を出してもらうには及ばない抽象的な研究計画でした。研究計画が曖昧だったため、その研究を通してどういったキャリアを歩むのか、どう日本社会に貢献できるのかについてのビジョンも、ぼやっとしたものになっていました。
研究計画を具体的に落とし込めなかった他の要因として、学問的特性も多少あったかと思います。私は「比較国際教育学Comparative and International Education」を学べるプログラムに出願していました。この学問は、教育学、社会学、政治学、経済学、歴史学、人類学など、様々な伝統的学問が入り混じる非常に学際的な分野です。研究テーマやフィールドは本当に多様で、無限にある可能性から自ら研究テーマを絞らなければなりません。しかし、あれもこれも面白く思えて、出願の時点でなかなかピンポイントに絞れず、研究テーマを決め切るまでに入学してから半年ぐらいかかってしまいました。もちろん、この分野での事前知識・経験がなかったせいもありますが、入学前に研究テーマが絞れていたら、もっと効率的に専門性を身に着けられたのでは、という後悔があります。この問題は、他に国際関係学や開発学など、学際的な分野を専攻する方々が陥りやすい落とし穴だと思います。逆に言えば、文系修士の場合、研究計画が具体的にできていなくても大学院に「受かってしまう」ことが、(分野によっては)あるということです。しかし、修士課程の2年間は本当にあっという間です。行ってからの2年間をフルで活かすためにも、大学院・奨学金に出願する時点で、どういった研究をどういったスタンス・切り口からしたいのか、それらを活かしてどういったキャリアを歩みたいのかについて、できる限り解像度の高い計画を提示できるようにするべきだと思います。
したがって、私のように、学部とは違う分野や、学際性が強い分野で留学に挑戦される方々には、人一倍早く準備に取り掛かかり、基礎知識や流行りの研究テーマ・手法を学んだり、気になっている教授の論文を読んだり、広い選択肢の中から自分の注目テーマ・専門性を絞り込んだりといった作業に十分な時間を割くことを強くお勧めします。こういったことが、奨学金獲得のためにも、実際に行ってからの2年間を充実させるためにも、何より必要な準備だと思います。
現地での資金調達
奨学金に全落ちし、他の資金調達の可能性を探していたところ、留学先大学内のGraduate Assistantship (GA)という制度を知りました。GAとは、正規の大学院生が学内でパートタイムで働き(多くは週20時間程度)、給料を貰いながら学費も免除される制度です。肌感覚的に、私立よりも、私の通っていたメリーランド大学(UMD)のような、州立の大学に充実している傾向があるように思います。UMDのGAは、TA、RA、AAの3つに分類されていました。TAやRAに関する情報は既に多く出回っていますが、AAについては聞いたことがない方も多いのではないでしょうか。AA (Administrative Assistantship)は、大学内の様々な部局でその運営に関わる業務を行うポジションで、UMDでは、留学生支援、マーケティング、会計、広報、学部生指導、ITサポーターなど、多岐に渡る募集がありました。文系修士の場合、大学への入学許可が出る段階でGAのポジションまで確保してもらえることはほぼなく、自分で取りに行かねばなりません。TAやRAはどうしても博士優先で、理系に多い傾向があるため、GAの中で文系修士学生のねらい目となるのがこのAAだと思います。現に私の同期のほとんど(留学生含め)はAAのポジションを取り、学費・生活費を賄っていました。
GAの公募数のピークは人の移動が多い5月~7月なので、渡米までに30ぐらいのAAポジションに応募しましたが、面接の連絡すら来ずあえなく全敗。国内の奨学金は日本人同士の勝負ですが、こういった現地学内の制度は、アメリカ人や英語ペラペラ留学生たちとの競争となります。ネイティブとの闘いでも勝てる「秀でた何か」が必要になるのですが、私はこれといって差別化できるスキルや経歴などなく、唯一日本の大学院でのTA業務などでExcelを頻繁に使っていて、資格を持っている、というぐらいでした。現地に到着してからは、ただ応募しているだけではだめだと思い、色々なコミュニティに属してポジションを探していることを周りの人に知ってもらうようにしました。そして、1セメスターの終わり頃、人づてに紹介してもらったある部局の会計課のマネージャーが、エクセルが得意な人を探しているということで、週20時間のアシスタントのポジションに私を採用してくれました。このポジションは時給制で学費免除はついていませんでしたが、かなり資金の足しになりました。さらに、結局採用には至らずサクセスストーリーにはならないのですが、私の会計課での経験に興味を持ってくれた別部署とGAの最終面接までたどり着くことができました。コロナによる採用凍結でほとんどのGAポジション採用にストップがかかったという状況も鑑みると、面接にすら呼ばれなかった最初の頃に比べてだいぶ惜しいところまで行った思います。この経験から得た個人的なポイントをまとめると:
- 国内の奨学金がだめでも、留学先大学内の制度も資金調達の可能性として検討してみて下さい。
- (初期費用が用意できれば)とりあえず現地に行き、時給制のアルバイトや、無給のインターン・ボランティアから地道に始めるという方法もあります。大学内外どこであれ、現地で採用され働いたという経験は、後にGAを取ることに繋がりますし、延いては現地で就職する際にも必ず役立ちます。私と似たようなルートを辿っていた留学生の友人が、最終的にGAを獲得していたので有用な方法だと思います。
- アメリカは信用社会なので、個人的なつながり・コネクションがものを言います。大学内の色々なコミュニティに属し、自分を知ってもらい、機会や情報を回してもらえるように人脈を作ることは非常に効果的です。
- 英語というディスアドバンテージをカバーできるスキルを何か一つ持っておくと強いです。例えばITスキルは持っておくと有利にしかならないので、文系の皆様もぜひ時間を見つけて身に着けておくことをおすすめします。
文系修士留学を通して得たこと
さて、失敗や後悔も多かったですが、それを覆すぐらいのメリットが留学にはあった、という話をして終わりたいと思います。やりたい勉強ができて知的に刺激されたことはもちろん、アメリカのアカデミアで学ぶ経験自体、それまで純日本的な環境で学び続けていた私にとっては大変刺激的なものでした。特に、自分の意見の表明・発言が評価されるという授業文化がすごく新鮮でした。50人の政治専攻の学生たちに囲まれて聴いた公共政策の授業では、発言が授業への貢献と捉えられ、成績に換算されました。いくら予習を頑張っていて理解していても、それをアウトプットすることなくは、評価してもらえないのです。他人に分かりやすく表現できること、議論の発展に貢献できること、といった日本にいるだけではあまり意識することのないスキルを磨くことができたと思います。
また、「アメリカで働く経験」も私にとっては非常に貴重なものでした。正規で留学に行った場合にのみ得られる、合法的に学校外で働けるCPTとOPTという制度があります。夏休み期間には、CPT制度を利用して、ワシントンD.C.にある人権NPOで3か月間インターンをすることができました。このインターンの仕事や上述した学内でのアシスタントのポジションを得るまで、何十もの履歴書を送ったり、飛び込みで仕事を探したりお願いしに行ったりという、日本にいた頃のガラスハートの自分には想像もできないような試みを通して、自己PR力、コミュニケーション力、ガッツと図太さ、「とりあえずやってみよう」精神も養えたと思います。言語のディスアドバンテージを補うために、ITスキルなどの今後に生きるスキルを磨けたこと、母国語ではない英語でネイティブたちと仕事をし、やりきったことは、社会人としてのキャリアをスタートする上で大きな自信に繋がりました。最後に、ホストファミリー、教会やプログラムの友人たち、インターンで出会った優秀な仲間のネットワークなど、コロナ禍での留学生活を一緒に乗り越えた「人」の財産はかけがえのないものです。
私の留学生活は計画通りに行かないことの方が遥かに多かったです。留学してやっと慣れ始めた頃に、コロナという前代未聞のパンデミックに見舞われました。それでも、その場その場で頑張って挑戦し続けたから得られた学びや機会、成長が間違いなくありました。この記事では、事前準備と計画の大切さについて強調しましたが、計画通りに行かなくても、自分次第でそれをチャンスや成長に変えて行けるダイナミックな環境が留学にはあると思います。文系修士留学を考えている皆さんに、私の経験が少しでも参考になったら嬉しいです。


Fig2. インターンの時に毎日通っていた公園。アメリカの首都ワシントンD.C.は古風で優雅な佇まいを見せる一方、デモや過激な政治的活動も繰り広げられる刺激的な街でした。


白 河榮
放課後NPOアフタースクール、メリーランド大学カレッジパーク校教育大学院修了
化学系のアメリカ大学院留学-出願と渡米後の生活-
石澤 誠也
ノースカロライナ州立大学化学科
私は2021年現在、アメリカのノースカロライナ州立大学化学科の大学院生として留学しています。この記事では、私の留学体験談として、留学を決意した理由や出願準備、渡米後の大学院生活について書き、自分が学部1〜3年生ころに知りたかったようなことをクリアにできるものとなればと考えております。
プロフィール
私は青森県の高校を卒業し、東北大学農学部に入学しました。高校生のころはお米の品種改良に興味があり、植物の研究をしようと農学部に入学したのですが、電子の流れで反応機構を記述できる有機化学の合理性に魅了され、卒業研究では抗生物質候補低分子化合物の全合成研究に取り組みました。残念ながら1年間の研究でターゲットである最終化合物の合成は達成できませんでしたが、それを目指す過程で気がつくと総工程20の多段階有機合成を経験しており、様々な反応を組み合わせて自在に望みの化合物を合成するための基礎を身につけることができました。その後、理学研究科化学専攻の修士課程に進学し、親水性化合物を取り扱う上で、これまで扱ってこなかった高速液体クロマトグラフィーやマススペクトル、UV、CDなどの分光技術を用いた分子の機能評価を用いた研究も経験しました。
学部三年次:ライス大学でのインターンシップ
このように日本の研究室で研究を行った一方で、学部の三年次では、公益財団法人中谷医工計測技術振興財団の主催する海外インターンシップである中谷RIESに参加する機会に恵まれ、アメリカテキサス州ヒューストンにあるライス大学で1ヶ月間の研究インターンシップを行いました。このとき、私の現指導教授であるOhata教授(当時は大学院生)と出会い、アメリカ大学院への出願時にサポートをいただくなど、非常に得難い人脈を得ることができました。また、このときが私にとって初めての渡米であり、1ヶ月という短期間ではあったもののアメリカ大学院生の生活を実際に経験することができたという点でも非常に有益であったと考えています。
以上の経験をもとに、ライス大学でみたアメリカ大学院生の生活がハードながらも楽しそうであったこと、科学の共通言語である英語で博士号を取得できること、卒業後のキャリアパスが広がるなどの理由から、アメリカ大学院への進学を決意しました。
出願準備
海外大学の大学院に進学する前に日本で修士号を取得するかどうかについて迷う方も多いかと思います。私は結果的に、日本で修士を終えてからアメリカに来ることとなりました。実は、日本の学部生とアメリカの学部生の大学生活には大きな違いがあります。私(日本)のケースでは、学部3年生までは単位を確保しつつもサークル活動やアルバイトを行い、研究室に所属したのは4年生からです。一方、現在私が所属しているノースカロライナ州立大学の研究室の学部生たちは、学部2年生から研究室に所属しています。そのため、大学院への出願前に十分な研究経験を積むことができ、一流誌に論文が掲載されることもザラにあります。私のような日本人学生の過ごし方も、バイトやサークルで社会経験を積み、就職活動などで活かすことができるといったメリットはありますが、海外の大学院に出願する上では研究を始めるのが遅すぎたというのが正直な感想です。一方で、少数ではありますが、日本でもアメリカの学部生のように早くから研究室に所属し、研究をスタートしている学生もいます。このような学生の受け入れ可否は、各研究室の方針や余裕に強く依存します。もし学部1−3年生で、研究をやってみたい、海外留学に興味があるという方がいたら、所属したい研究室の先生にコンタクトをとってみることをお勧めします。
日本で修士をとるメリットとしては、やはり研究経験がより豊富となるため、履歴書の内容も充実し、大学院出願で有利となる点が挙げられます。また、仮に英語でのコミュニケーションに慣れていなくても、強い研究経験があれば渡米後の研究もスムーズに進むということもあると思います。デメリット?としては歳をとり、2年分の学費がかかることです。これらの点を考慮し、進路を考えてみてください。
出願
さて、実際の出願にあたり、私はアメリカの5つの大学院に絞って出願を行いました。Web上にある、アメリカ大学院化学博士課程プログラムのランキングを参考に、上位50校のホームページを見て自分が興味のある研究室を絞り込み、メールで教授にコンタクトをとりました。大学名ではなく、興味のある研究室があるかどうかで選ぶのが基本だと思います。メールにはカバーレターを添付し、研究室に大学院生の枠の空きがあるかどうかを尋ね、これまでの自分の研究経験からその研究室における自分の適性を説明しました。その結果、完全に見ず知らず(コネなし)であったにもかかわらず、複数の教授からぜひZoomで面接をしようという返信をいただき、研究経験を説明するスライドを用意して面接を行いました。このような面接では、まず大前提として、きちんとコミュニケーションがとれる学生であるということを示すのが大切だと思います。これは英語のスピーキング能力についてというわけではなく、相手の話をしっかりと理解し、ときには質問で相手の意図を確認しながら、会話を行うということです。今後約5年間にわたり、指導教員と大学院生という関係で一緒に研究を行っていけそうだ、と相手に思ってもらう努力をするのが大事だと思います。
出願の結果、5校全てからポジティブなお返事をいただくことができました(4校は書類審査で合格、1校は面接のオファー)。どれも有名な大学で、良い研究室がたくさんありましたが、最終的に研究内容への興味から、ライス大学で出会ったOhata教授のいるノースカロライナ州立大学に決定しました。
渡米後の生活
2021年の5月に渡米し、研究を開始しました。渡米時のコロナウイルスパンデミックの影響としては、フライト前日にPCR検査を行い、陰性証明を提出することが求められました。また、渡米後1週間自己隔離を行い、再びPCR検査を行いました。幸いなことにワクチンが普及しており、日常におけるパンデミックの影響はほとんどありません。私は運良く軽微な影響ですみましたが、航空会社や大学からのアナウンスをしっかりとキャッチすることが重要です。
渡米してから今までシェアハウスに住んでおり、自分を入れて3人で暮らしています。きれいな庭とプールもあり、大学まで自転車で15分くらいの距離のため非常に満足しています。家賃が高めですので、学生は数人でアパートをシェアして住むのが一般的です。街の治安は、やはり日本に比べると犯罪が多いと感じます。ただ、治安の悪い場所は大抵決まっていて、そのような場所を避け、複数人で行動するなどを心がけるとまず大丈夫かなと考えています。

私は早期入学で5月に渡米したため、しばらくは研究のみの生活で、8月からTAと授業が始まります。いよいよアメリカでの大学院生活が本格的に始まるため、非常に楽しみに思っています。
最後に
まとめると、私は日本で修士を取得してから海外の大学院に進学するのもありだと考えています。しかし、もし学部生の早い段階から興味があれば、ぜひ研究室を主催している先生と交渉し、早期に研究を始めるのがいいと思います。また、ぜひ学位留学の前に短期間であっても留学を行い、留学後の生活のイメージを掴んでおくと、安心して博士課程に進学できるでしょう。最後に、大学院への出願は希望研究室とのマッチングが大切です。自分の適性をメールや面接でうまく伝えることができれば、コネなしでも合格は勝ち取れます。入試のプロセスやテクニックなど、研究の純粋な楽しさに比べたら煩わしいものではありますが、自分の望む環境に身を置くためにはやはり必要になってしまいます。本記事が海外大学院留学を志す学生の一助となれば幸いです。
