「ギャップイヤーと進学先選び」シンガポール国立大学山本さんによる寄稿

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ギャップイヤーと進学先選び

山本 晃平 (ヤマモト コウヘイ)
シンガポール国立大学, 地理学 M.Sc.
Microsoft, Intelligent Cloud – Data & AI
シンガポール国立大学, 建築学 外部研究員

「時空間解析」と聞くと、何を想像するだろうか。タイムマシンを思い浮かべた方もいるかもしれないが、それではなく、我々が存在する三次元に時間軸を加えた解析アプローチである。コロナ禍での濃厚接触者の追跡も一例になるかと思う。現在、私は米国系IT企業に勤務する一方で、シンガポール国立大学(NUS: National University of Singapore)で当該領域の研究員としても従事している。

 今回の寄稿は二部構成であり、第一部では、ギャップイヤーの取得と進学先選びについて、第二部では、現地での学生生活とコロナの影響に関して、高画質にお伝えできればと思う。ちなみに本稿は、修士号をハードスキル (資格などの客観的な指標) として必要とするSTEM (Science, Technology, Engineering, Mathematics) の方が、読者として最適かと思う。

海外の大学院か

そもそも、大学院進学が必要かという問いもあるかもしれない。ただ、やはり近年、多国籍企業や国際組織における重要なポジションには、修士号や博士号が必須である場合が多い。大学院進学には、そのハードスキル的な必要性に加えて、非公開の研究資源や協業など、個人ではアクセスし難い研究機会が付随する。私の場合、それらを踏まえて、ある種当たり前のように進学を捉えていた。この時点では、私はまだ時空間研究領域を探りたいという欲が強かったので、博士への直接進学ではなく、修士進学を希望していた。ちなみに、技術力の向上等を望む場合は、インターネット上の資源の活用、就職して実務経験を積む方が効果的かと思う。

 では、なぜ海外の修士号か。大学院進学を意識すると、海外か国内かを選択しなければならない。厳密には、なぜシンガポールでの修士号に至ったかだが、「費用対効果」、いわゆるコスパかと思う。さらに分解すると、時間的な利益とインカムゲイン的な(保有することで継続的に受ける)利益になるかもしれない。

 前者に関して、本邦では修士号を取得する際、一般的に二年間要するが、実はシンガポールや英国では一年間で取得できることがある。期間が半分になると、獲得できる知識量も半減してしまうのではと思われるかもしれないが、二年間の熱量を一年に圧縮するだけなので、そこは心配無用である。では、語学力はというと、現地語をツールとして扱える能力が大前提なので、そもそも大学院留学に語学留学のような幻想を求めていると危険かもしれない。後者に関して、「大学・大学院留学経験がもたらす金銭的・非金銭的便益:留学未経験者との比較分析に基づく一考察(新見氏)」という面白い研究結果がある。彼らの便益モデルによると、大学院留学経験者は、国内大学院卒者や学部留学経験者よりも、金銭的な利益および非金銭的な利益を享受しやすいらしい。非金銭的便益には、多様性理解や対人能力の向上等も含まれ、大学院留学者がそれらのソフトスキル (測定不可能な指標) が重要となる上層・管理層への起用が多い点も納得できる。

 上記の点から、本邦の半分の期間で、将来的な便益が高い投資先は魅力的に思えた。また、学費等の変数には言及していないが、生活費の半減が期待できる点も魅力の一つである。当然、分野に寄りけりで、私の領域および環境における判断であることは再度強調したい。

3ヵ年計画

英国進学延期とギャップイヤー突入

 シンガポールを最終的な留学先に選んだ私だが、実は学部四回生の時点では、Imperial College London (機械知能) と University College London (機械学習とデータサイエンス) からオファーが出ており、英国への進学を予定していた。ただ、当時は、Brexitに伴う治安悪化や人種差別の助長が懸念点となっていたため、入学を一年後へ延期し(出願先の承諾があれば可能)、約一年間のギャップイヤーを設けることにした。かくも決断がスムーズだったのは、英国では一年間で修士号が取得可能であり、ギャップイヤーを余分に計上しても総所要期間が本邦と同じく二年間だったためだろう。

 では、ギャップイヤーとは何か。オバマ前大統領の娘さんが設けたことで知る方もいるかもしれないが、「人生のインターバル期間」であり、欧米では割と一般的な慣習らしい。この期間で、世界線を広げながら、もう一人の自分と将来について対談する。コロナ禍で、新しい働き方を見出すためにも、取り入れるようとする声も前より増えてきた気もする。そうは言っても、目的意識は明確である必要がある。さもなければ、達成指標として測る項目が見つからず、後悔に直結するからだ。

3ヵ年計画の設計図

 まず、自分自身の大域な専門領域である情報分野の「全ての階層を見る」ということを目的として掲げ、その後3年スパンの人生設計図を描いた。そうすることで、密度が非常に濃い修士課程で、進路選択に割く労力の最小化が可能だと考えたからだ。そして、業務特性や規模等を基に情報系企業を4つに大別し、ギャップイヤーの効力の最大化を画策した。次の通りである。基礎技術研究所、ITプラットフォーマー、メガベンチャー、スタートアップ。結果的に、各業界を代表する企業群に約四半期ずつ受け入れて頂き、ギャップイヤーを最高の形で満了した。今振り返ると、若さという特権の濫用だったのではないかと感じることもあり、関係者の方々には全く頭が上がらない。でも、この期間がなければ、今の私は無いと思えるくらい密で蜜な体験だった。

画像1. 東京で初めて住んだ所が新橋、次いで、品川、足立、そして、浅草。毛色が様々なエリアに住居を用意して頂けたので、東京の色々な顔を伺えた。ニワトリの代わりに酔っ払いが鳴いていた新橋の朝方も、コロナ禍の今では非常に懐かしい。

元々、学士過程で初めて計算機科学(コンピュータ脳部の設計など)の方面から情報分野の扉を叩いた私だが、3年生以降は専ら、測位技術(Wi-Fiなどの電波を用いて数センチ~メートルの粒度で位置を推定する技術)、つまり、「位置」情報科学に携わるようになった。ギャップイヤー期間中にも、位置に関連するプロジェクトがあり、より広域なデータと触れ合う機会も増えていった。この過程で、自身の興味対象がミクロ(狭域)な位置情報からマクロ(大域)な位置情報、さらに、時空間へと移り変わっていくことを感じていた。そして、その研究開発とそれを支えるプラットフォームへの将来的な従事をぼんやりと構想し始めていた。

そう考えると、ギャップイヤーと修士課程を経た現在、ITプラットフォーマーの社員である一方で、大学の研究員としても従事できているこの環境は、構想した設計図通りかもしれない。ただ、新卒ながら各方面へ掛けた手数や受けた恩はとてつもないので、是が非でも報いたい。

シンガポールのいざない

かくして、ギャップイヤー中の自身の変化に充実を感じていた私だが、あと一つ変更すべきものがあった。進学先である。元々、近年の人工知能ブームも相まって、なんとなく出願した前述の英国の大学だったが、時空間解析を深めるとなると他に候補があった。実は、時空間解析は異なる分野を横断する領域で、おおよそ情報工学と地理学の交差点に位置している。この両分野において、世界的に評価の高い研究力をもつNUSを出願先に再設定することは、割と一意に決まった。勿論、最短1年で修士号を取得できる点、シンガポールの治安の良さ (ギャップイヤー後もなおBrexitは解決していなかった)、アジア屈指の経済・デジタル競争力は魅力的な要素だった。ただ、南国でのバカンス生活への憧れも3割くらいはあったかもしれない。あまり大きい声では言えないが。

草, 屋外, 建物, 座る が含まれている画像

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画像2. この時、脳内で描いていたバカンスな学生生活。現実のシンガポールは、もっと無機質だったが、幾何学的で美しい街並みだった。(写真はシンガポールの隣島にて撮影)

ちなみに、出願内容は他の大学のそれと比べて遜色は無かったように思う。第三者機関による成績再計算が好まれないなどの微妙な違いはあったかもしれないが(記憶が定かではない)。詳しくは、ググれば、親切丁寧なブログが簡単にヒットするので、そちらを推奨したい。個人的には、天然資源に乏しいシンガポールの、人を重要な資源として捉えている一面が、”修士号取得後に母国へ帰るか否か”という(出願時の)質問に表れていた気がして印象に残っている。参考までに、出願代行などのサービスも存在するが、ある程度名が知れている大学は代理提出を受け付けないケースが多いらしいので、計画的に進めることが大切である。というよりもむしろ、出願自体が稀有な社会経験なので、他人に渡さずに自身で存分に楽しんだ方が良いように思う。

シンガポールでの学生生活等については、第二部に続く。

南国の熱風とコロナの冷風 

矢庭にこんなタイトルをつけてみたが、この第二部ではあくまで、シンガポールでの私の学生生活およびコロナがそれへどのような影響を与えたのかについて述べたい。

南国の熱風

ざわ…ざわ…

さて、大学院生活がいよいよスタートするが、何もいきなり激しい授業が始まるわけではない。まずは、一斉テストを受けさせられる。不意打ちである。この結果が芳しくないと、最大で毎週6時間の補講が強制される。私は論文1報を仕上げる方がテストよりマシだ、と思うほどのテスト嫌いだが、蓋を開けると単なる英語のテストだったので安心した。ただ、中国系学生は割と補講を受けていたようだ。

 その後、院生専用の豪華パーティが開かれるのだが、これ、どちらかというと、国際学会のパーティに近い感じだった。どことなくお互いの探り合いが強くて、味が思い出せない、そんな感じの。後に判明したことだが、どの学位プログラムでも授業やプロジェクトではチームを組む必要がある。STEM系の場合、徹夜などの量的な解決策が通じないことが多いため、質的な要素がメンバに一段求められるのは必然らしい。これが「映画 逆転ゲーム カイジ」の”ザワザワ”を感じていた理由であって、それと同時に、パーティの時点でメンバの品定めが始まっている競争社会丸出しのシンガポールという国に興奮していた。

不均質な専門領域と世界戦争

 平日は1コマ3時間の授業が毎日、土曜日は隔週で7時間ぶっ通しのときもある。同期は30人弱で、一番上は40, 50代といった感じ。彼らの前職は、バンカー、技術者や警察など、時空間に携わる多種多様な領域だった。その内の2, 3割が博士課程を見据えていたため、学術志望は多かったように思う。課程自体は3セメスタで構成され、セメスタ1とセメスタ2は主に授業を受ける。ただ、セメスタ2は修論の素案も並行で完成させる必要があり、最後に、地獄のスペシャルセメスタと呼ばれるセメスタ3で実装および文書化を行う。

 各授業の評価は、週次の個人課題、個人プロジェクト、そして、チームプロジェクトから成る。どの評価軸でも「解析的知識と技術」と「地理的知識」の2つのスキルを用いて捌いていくのだが、私が前者に大きく偏っているのに対し、同期の大半は後者に長けていた。正直な所、学部時代の研究室生活や情報系基礎研究所での体験に比べると、これらの課題やプロジェクトは朝飯前だったので、この前者への偏りが良くも悪くも功を奏した。ただ、けたたましい量の関連論文を毎授業で渡されるのだが、その際は後者が圧倒的に必要となる。そのため、地理学に秀でた友人に嚙み砕いてもらうなどした。不足スキルは人材のヘテロ性(不均質性)で補完する、というシンガポール的発想を、ここから個人的に習得した気がする。

チームプロジェクトに関しても、マネジメントが上手なチームリーダに誘われたことは幸運だった。実際、祖母の急逝により日本に駆けつけ、その足で、イタリアでの学会発表へ飛んだりしなければならず、物理的な制約も多かった。ただ、お互いが強み弱みを補完し合えたことで、最終報告書は有名な論文誌への掲載にまで至った。一方で、インド系と中国系で構成されるチームでは、意見の対立により、怒号が轟く世界戦争までに発展した。シンガポールは、絶対評価方式(eg. 90点以上なら全員A+)ではなく相対的評価方式(eg. 上位5人だけA+)を採用しており、最高評価の数は限られる。ゆえに、成績には皆シビアなのだ。ちなみに、熱帯に位置しており、知覚しているよりも遥かに体は疲れているため、研究だけではなく体調管理も優先事項である。

ポーズをとる男性グループ

中程度の精度で自動的に生成された説明

画像3. このヘテロ性やカオス性によって革新は発展するのだと思う。

STEM系にとってNUSの環境は申し分ない。政府施設に入れたり、MIT等の他大学の教授が授業を回したり、同期もOxfordのバイオ出身だったりと、飛び交う知識は非常に多様性に富んでいる。同じことは解析アプローチについても言える。例えば、時空間データセットに対して、探索的データ解析(EDA)→解析モデル適用という流れがざっくりな常套だが、いきなりモデルを適用する同期もいた。これで結果が良ければ、EDAに割く時間を他に充てられると言う主張だ。なんか、すごい。

A person standing next to a display

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画像4. 画像領域分割手法のプレゼン。論理の筋が通っていれば、領域の壁は特になかった。

学位論文は瞬く間に

 担当教官に関して、通常はセメスタ2の序盤に教授を1人選んで希望を出すのだが、私は幸運にも、セメスタ1の終盤に修士課程の監督教授から声が掛かったので、彼と彼のポスドク(今は教授職)の2人が担当教官としてスムーズに付いた。実は、セメスタ1と2の間には2か月の休暇があるのだが、私は韓国、マレーシアやインドネシア旅行に勤しんでいたため、学位論文の進捗が特にリードしていたというわけではない。ただ、データセットが予め渡されており手元での検証が可能だったため、いざセメスタ2に素案を提出したらすんなり通った。

ちなみに、当時の私の累計論文は10報弱だったが、その多くは計算機科学系で「提案 → 精度評価 → 結果・考察」という論調だったのに対し、時空間パターンが含まれる地理学系は「提案 → 結果 → 考察」となり、精度評価はそこそこに、社会科学的観点からの議論が主なことが多いらしい。その違いを認識していなかったので、素案を洗練する目的で仮設検証と可視化を繰り返していたら、気が付けばセメスタ2が終わる前に学位論文は出来上がっていた。従って、セメスタ3はただの海外旅行と化したので、現地の文化や南国の恵みを今一度味わいつつ、時期を見計らって論文を提出し学位授与に至った。

コロナの冷風 

どこ吹く風邪か

セメスタ2は1月~4月に当たるが、本邦でコロナが報道され出したのは2020年2月上旬だったかと思う。シンガポールではその2週間前、中国ではそのまた2週間前だったはずだ。マスク買い占め騒動なども、それに近い時間幅で伝播していたと記憶している。ただ、かく言う私にも、香港の友人が遊びに来ていたりと、最初はどこ吹く風邪だった。もし、インド人の女の子に好意でマスク1箱を貰えていなかったら、人権を失っていただろう。でも、見たことない位の黄色だったので、翌日そっと青色に交換してもらった。

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画像5. 黄色すぎるマスク (逆にどこで手に入るのか、こんな代物)

 2月中旬、NUS内で最初の感染者が出たため一気に緊張感が高まった。ただ、セメスタ2の終盤にサーキットブレイカ(≈ ロックダウン)が発令されるまでは、対面の授業は実施されていた。その後は、キャンパスからは足が遠のくことになるのだが、そもそも私たちの領域はデータ資産さえあれば物理的制約は受けないので、留学生は例年、セメスタ2が終わると自国に戻ることが多い。従って、行動制限は最後に多少あったものの、大学暦的な意味ではコロナの影響はそこまで強くなかったかもしれない。

追い風邪か

 実は、コロナが始まるよりも前に学位論文用に担当教授から頂いていたデータは、NUS全域(ディズニーランド3個分)から吸い上げた約5万人のWi-Fi接続ヒストリである。その後、教授に一筆お願いする機会があって判明したことだが、私は電波測位での研究経験が買われて、本課程へのオファーを受けたらしい。教授が声を掛けてくれたのも、実は最初から目を付けて頂いていたのかもしれない。

 本研究は、当該ヒストリを時空間内のクラスタに変換することで、人や群像を解析することを目的とする。第一部冒頭で述べた通り、コロナ禍中での接触者追跡などの基礎的なアプローチである。お気づきかもしれないが、審査委員会からのフィードバックを見返す限り、学位論文が満点評定を受けたのは、皮肉にも、コロナというヒール役が吹かした追い風邪の影響もあるかもしれない。

向かい風邪か

 2020年の夏に学位論文を提出してからは、歯列矯正治療や自動車免許の取得のため、日本の実家に戻っていた。少し経ち、NUSの建築学科の教授から、時空間モデリングの研究助手としての話を頂いたので、2021年の頭にシンガポールに再入国した。ただ、第一部冒頭に述べた民間企業への入社を長らく約束していたので、期間を限定した上で大学に雇用される運びとなった。

日々複雑化する国際間移動やホテルでの隔離生活により、コロナの向かい風邪をひしひしと感じていたが、コロナ禍において、外国人の私にビザを発行する手数や隔離費用の負担を頂いたことなどを考えると、むしろ有難い状況なのかもしれない。

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画像6. 隔離されたホテルからの夜景。一歩も出られないので「映画 ガンツ」の呼出部屋を彷彿とさせる。

さいごに

 まず、現在に至るまで様々な形でご支援頂いた方々に、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。特に、家族、友人、研究指導を頂いた方々、大学での雇用終了後も並行して従事が可能となるようにご配慮頂いたNUS および Microsoft 関係者各位には感謝の念に耐えない。在学中、ある程度の解析的知識と技術を持ち、それを伝える英語という言語媒体さえ使えれば、大方の世界で潰しが効くのでは、とふと感じたこともある。ただ、振り返って最も大切だと思うのは、他者から受けた絶大な恩恵とひとつまみの幸運である。様々な場面で、こうもスムーズに事が運んだのは、優秀な仲間や声を掛けて下さる各方面の方々のおかげである。感謝してもしきれない。

次に、本寄稿二件における意見や価値判断は、私の個人的な見解であり、また、一般化を訴求するものではないことをご理解いただきたい。

 最後に、私の全ての行動の根源にあるのは、遊び心や好奇心を重要視する家族の考え方かと思う。それが良くも悪くも、興味のないことには一切関心を持てないという極端さに繋がっているのかもしれないが。長々と述べたが結局、もし海の向こうで吹く異なる温度の風を感じたければ、飛び込んだ方がよろしいかと思う。

ひんやりとしたコロナ風などの予期せぬイベントも、きっと経験値になるはずである。候補地として挙げ続けていたシンガポールにも英国にも、私はそれまで一度も足を運んだことは無かったので。

A person in a graduation gown holding a diploma

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山本 晃平 (ヤマモト コウヘイ)

シンガポール国立大学, 地理学 M.Sc.

Microsoft, Intelligent Cloud – Data & AI

シンガポール国立大学, 建築学 外部研究員