学位留学に理由が必要か

僕はジョンズ・ホプキンス大学化学科の博士課程に在籍しています.2年前,アメリカの大学院についての情報を集め始めたとき,かけはしの記事もたくさん読みましたし,今でもときどきほかの研究者や院生の皆さんの記事を楽しく読ませていただいています.かけはしを含むいろいろな媒体で海外大学院に進学を決めた理由の記事は多くあり,多様性や新たな環境への挑戦,国際性を養う,世界トップレベルの研究など,海外院進学を決めた理由は人それぞれです.一方で,日本人の留学生が少ないというのもよく聞く話です.海外院に進学する人を増やすべきかどうかとは別に,自分には無縁の話だと思って選択肢の一つとして検討すらしていない人が多いとすればそれはもったいないように思います.海外院に進学した経緯の記事ではそれなりの理由や目標があって進学された方のエピソードをよく見ますが,留学の要素とは別にフラットな選択肢の一つとして海外院を選択した人ももちろんいます.そして, そういう方々は進学理由より研究室や職の記事を書くことが多いように思うのですが,今回, 自由なトピックで記事を書く機会をいただいたので,特に留学らしい要素を期待しているわけでない僕がアメリカの院に進学することになった経緯を共有しようと思います.自分には学位留学は無縁だと思っている層や, 決意というほど強い思いはないけれど興味があって見ている, という方への参考になればと思います.

環境の影響

学位留学に留学としての要素を期待していないと書きましたが,かくいう僕も学部時代に一年の交換留学をしました.選考や奨学金に受かったのでそれらしい理由は並べ立てたわけですが,アメリカの大学に行ってみたい,アメリカの研究室を見てみたい,というふわっとした動機で動き始めて,選考を通るために理由を後付けしたようなものでした.言葉や文化の違いに苦しみつつも一年後帰国したわけですが,そのころには日本の院試と並行してアメリカの大学院の出願準備を着々と進めていました.理由は単純で,大学院進学を真面目に検討する学部3年秋~4年春の間にアメリカにいたから,だと思います.日本の大学にいると周りには日本の大学院生や就活をしている先輩がたくさんいますから,自身もそうする,という人が多いと思います.それと全く同じ流れで,短い期間ながらちょうど進路を考える時期に現地の大学院生と一緒に授業を受けたり研究室で指導を受けるうちに, 自分も周りに流されてアメリカの院への出願準備を始めました.環境の影響は恐ろしいものです.

Fig1. ジョンズ・ホプキンス大学

大学院の決め手となったもの

一方で,交換留学のときに抱いていたアメリカの大学や研究室の様子を知りたいという好奇心は, 帰国するころにはすでに満たされてしまっていました.交換留学で得たものはたくさんありましたが,いわゆる留学へのモチベーションはすでに無くなっている状態でした.実際,出願のstatement of purposeには「アメリカで研究したい」というようなことは一切書いていません.そのころ日本の大学院にも出願しており,学部と同じ慶應の大学院から合格をもらっていました.最終的に進学先を決める際に重視したことは, 以下です.

・物理化学で気相合成クラスターをメインに扱っている研究室であること.

・研究に困らない資金力があり,論文が活発に出ていること.

・博士号取得までの金銭的負担が少ないこと.

一つ目についてはどの研究室も満たしており(だからこそ出願した),二つ目は今のホプキンスの研究室が少しだけ良いかな,という程度でした.結果的に決め手になったのは三つ目でした.修士2年間の学費生活費を実家から難なく出してもらえる状態ではなく,博士後期課程の少なくとも3年間は学振(日本学術振興会の略)などの支援もありますがみんながみんなもらえると保証されているわけではありません.その中で,学費の全額免除と一人暮らしで少し貯金ができるぐらいの給料をもらえる大学院があるとなれば,そちらに行こうと思うのはごく自然だと思います.かくして,興味のあるトピックは日本でも研究でき,留学への熱意があるわけでもありませんが,ボルチモアで博士号取得を目指すことを決めたわけです.

Fig2. ボルチモアのinner harbor

大学院の選択肢を増やす

国内大学院で研究室を移ったり学歴ロンダリングをする人がそれなりいる一方で海外院進学が少数派である理由の一つに,海外院進学は無縁と考えている層の中に学位留学は国際性や環境の変化といった「留学」としての要素を期待してするものだ,という観念があるのではと思います.人により掲げる目標は異なるとはいえ,学位留学の基本の目的は学位を取得することです.その点で短期留学や交換留学とは明らかに毛色が異なります.日本で大学院を変える人は,特別な分野以外では地理的な場所ではなく研究分野や研究環境 / 待遇を比較して進学先を決めると思います.「留学」の要素に興味のない人でも,日本で研究室を変えたり院ロンダをするのと同じ感覚で国外も視野に入れて良いと思うのです.

そして,そのくらいの軽さで海外院を視野に入れると, 選択肢が大幅に増えます.例えば,僕の研究分野の研究室を日本の主要大学で探すと, 片手の指で数えるくらいしかありません.これが,アメリカを選択肢に含めると, 両手の指で収まらなくなります.アメリカ以外も視野に入れれば, もっとたくさんの選択肢が出てきます.そして,選択肢が増えれば増えるほど,自分の重視する条件をより良く満たす大学院を選べるようになります.良い環境で研究ができるかは個々の研究室によりますし,研究だけが人生の全てではないので, 日本が良いとか他のどの国が良いとかは言いません.ただ,単なる進学先の一選択肢として海外大学院が認知され,より自分に合った研究室を選ぶ人が増えることで,個人レベルではより充実した大学院生活が送れ,国レベルでは日本の研究力の増強につながるのではと思います.

日常的に触れる情報の少なさも海外院進学が無縁の選択肢に思える理由の一つですが,今はインターネットでいろいろな人が情報を発信しています.これから大学院を決める方は,両者を対等な選択肢として見るという意味で,海外だから / 国内だからといって良い思いをするわけではない点は常に認識しておくべきだと思います.研究が思うように進まないのはどこにいても同じですし,アカハラも国内外問わずあります.日本での大学院の悪い話は人づてに伝わりますが,海外院進学を後悔していますという記事をわざわざ書く人はまずいません.数年間過ごす研究室ですから,ポジティブな面・ネガティブな面両方含めて中立的に比較することを忘れないでください.

まとめ

海外院進学を国内院進学と並ぶフラットな選択肢として述べてきました.ただ,海外であるからこそのメリット/デメリットは確かにあり,他の多くの方がすでに記事にしてくださっているので, そちらも読んでいただければと思います.自分には海外院は全く無縁だと感じている方にこそ,学位留学は留学の要素を期待する人のためだけのものではないと知ってもらいたいのですが,こういう情報は検索しないと出てこないのでなかなか難しいだろうなと思うところです.この記事にたどり着いた方の中で,なんとなく興味があってニュースレターを読んでいるけれど海外院への熱意があるわけでもなく踏ん切りがつかない,という方への一押しになれば幸いです.

関連動画:2020夏 慶應大編 海外大学院留学説明会【ジョンズホプキンス大学、ライス大学、ケンブリッジ大学、ノースウェスタン大学】(20:56から、留学準備、TOEFL・GRE・推薦状などの出願プロセスについて)https://youtu.be/f-04Dn6JHoA

千葉 竜弥(チバ タツヤ)
ジョンズ・ホプキンス大学 化学科 博士課程在学. 慶應義塾大学出身.



作成者: Masashi Otani

アリゲーター🐊が大学のマスコットであるUniversity of Floridaでバイリンガル教育について研究しているPhD生。 2013年3月、創価大学国際言語教育専攻英語教育専修(TESOL)修士課程を修了。同大学ワールドランゲージセンター助教を経て、2016年7月に渡米。翌月よりフロリダ大学教育大学院教職研究科バイリンガル教育専攻にてPhD課程に在籍。現在はQualifying Exams(通称クオール)に合格してPhD Candidate(2021年8月の卒業が目標)。日本ではTESOLを専門分野としていたが、渡米後はバイリンガル教育という観点から一つの言語にとらわれずに専門性を磨いている。指導教授は、オランダ出身で、過去にTESOL International Association会長を務めたことのあるエスタ・ディヨン博士。指導教授による厳しい訓練の結果、日本では専門外であった小学校教員養成課程の授業を5セメスターに渡って担当する機会に恵まれた。留学経験はアメリカ以外にも、オーストラリアとメキシコでの経験がある。