アメリカ大学Title IXオフィス体験記~泣き寝入り0を目指すシステム~

Title IXとは何かご存じでしょうか?1972年にアメリカで制定されたあらゆる性差別を禁じる法律です1,2,3。私は恥ずかしながら自分が被害に遭い、Title IXオフィスに相談するまであまり知りませんでした。Title IXオフィスとのやりとりの中で、被害者を泣き寝入りさせないよう整備されたシステムから学ぶことがたくさんあったので、個人的な経験ではありますが、あるアメリカの大学による対応の一例として共有させて頂きます。もし将来被害に遭った時の力に少しでもなれれば、加えて皆様の教育・研究環境の向上の参考になれば幸いです。(あくまで個人的な経験であること、大学によって対応が異なる可能性があること予めご了承ください。)

Title IXとは

1972年にアメリカで制定された、連邦が財政支援をする教育プログラムや活動におけるあらゆる性差別を禁じる法律1,2,3。性差別のみならず、性暴力、セクシャル・ハラスメント、ストーキング、親密な関係間の暴力、その他のすべての性的な行為が含まれる2。性差別的な発言4、性的なコメント5、妊娠に対するネガティブな反応3、被害を報告した人への報復5も違法。留学生を含む全学生に適応される1,3。学校にはTitle IXコーディネーターを設置する義務3、性暴力事件の報告後迅速に捜査する義務2、捜査や治療にかかる費用の負担義務があり3、さらに大学で雇用されている人たちは、被害について聞いた場合24時間以内にTitle IXコーディネーターに報告する義務がある2

Fig1. 大学のキャンパス

私の案件は、1年程前にある教員から性差別的発言をされた、というものです。行動するまで1年以上も経ってしまったのは、

  • 性差別的発言はTitle IXの管轄内なのか
  • こんな小さいことで連絡して良いのか
  • 時効なのでは
  • その教員は私の大学の教員ではないが対応できるのか
  • 行動を起こすことによって私が何か不利益を被るのではないか
  • 重要な共同研究なのだから性差別くらい目をつぶるべきなのでは

といった疑問や懸念があったからです。

それらを何とか乗り越え「とりあえず対応してもらえるのかだけでも聞いてみよう」とTitle IXオフィスに連絡したところ、目から鱗が落ちるような体験を次々としました。

事件の概要を聞かれなかった

「何が起こったのかを話すのはとても辛いことだから、話したい場合を除きこちらからは聞きません。ただ、対応方法を検討するために、その経験がどのカテゴリーに所属するかだけ教えて?」と言われました。

性差別的発言もTitle IXで対応できる

自分の経験がTitle IXの管轄内なのか不安で事件の詳細を話したところ、「Title IXは性差別を禁止する法律なのだからその発言はもちろん違法です。」とのことでした。(ただ、罰則を与える、訴訟を起こすなど法的措置をとるためには、発言の頻度や被害の程度が問題になる場合もあるみたいです5。)

被害の深刻さを”Judge”されなかった

身体的暴力でもないのにそんな些細な事で…と言われるのが怖かったのですが、「まず、その行為自体が違法なので被害の深刻さに関わらず声を上げる権利があなたにはあります。更に、被害の深刻さはあなたしかわからないので、ほかの誰にも判定(Judge)する権利はありません。」と言われました。

1年以上前の案件でも対応できる(ただし時効は存在する)

時効は州によるそうです6。現時点で2年、3年の州が多いですが、1年や6年の州もあるそうです6。(学内案件であれば、法的措置以外の形で対応できる可能性もあるので、時効をすぎていてもTitle IXオフィスへ相談することをおすすめします。)

学外・国外加害者への対応は難しい(これはBad news)

一般的に、加害者がその大学関係者でないと対応が難しくなるみたいです。学外加害者でもアメリカ国内ならTitle IX適用範囲内なので対応は可能だが難しい、国外だと法的措置はとても難しいという印象を受けました。(法的措置以外の対応もあるので、加害者が学校関係者でなくてもTitle IXオフィスへ相談することをおすすめします。)

つまり、学外や国外学会や共同研究先への滞在では、Title IX違反が起きても法的に守ってもらえないリスクを背負っているということです。全くキャンパスから出ないのは不可能ですが、例えば、共同研究先に滞在する際、事前にグループの文化を調べるなどは必要かもしれません。

声をあげることでの二次災害も違法

声をあげることを止めようとする行為、声を挙げたことへの報復は”Retaliation”と呼ばれ禁止されています4

キャリアのために自分の安全と健康を犠牲にするべきではない

一番大事な話です。私は本気で「キャリアのためには性差別くらい目をつぶるべきなのでは」と思っていました。これに対するTitle IX担当者の返答はこうでした。「まず、Retaliationは違法なのであなたは法的に守られている。でも万が一キャリアが…と恐れる気持ちもわかるけど、これはあなたの安全と健康に関わる話であり、何事も安全と健康より優先されるべきではない。」 よく考えたらその通りです。例え著名な教授と働けたからといって、私の心が病んでしまったら私は幸せだと言えるのでしょうか。そもそもそんな精神状態で良い研究結果は出るのでしょうか。今自分の安全と健康を守った方が、長期的に見ればキャリアもどちらも獲得できることになるのではないでしょうか。

上司や関係者に対応を要求する際も事件の概要を説明しなくてよい

対応策を決めた際、上司との対話が必要になりました。私はてっきり事件の概要を説明するのかと思っていたのですが、セカンドレイプなどの恐れがあるので共有しなくても良いそうです。(法的措置をとる場合は必要な場合もあります4。)「Title IXの侵害があったので、○○という対応を要求します。」と言えば十分で、さらに上司と一対一の対話が不安であれば担当者と三者面談の形をとることも、私を全く含まずにメールでの通達もできるとのことでした。

まとめ

私は今回の経験を通じて、「アメリカの大学ではTitle IXのもと如何なる性差別も違法であり、被害者が泣き寝入りしなくて良いよう、さらに声をあげる際の負担が最小限になるよう、法整備がされている」と感じました。

もし今これを読まれている方が被害者であったり、もし今後こういった被害に遭ってしまった場合には、どうか全力で自分の安全と健康を守ってください。そのために、Title IXオフィスに相談に行きましょう。(この記事はアメリカでの体験に基づいていますが、日本でもほとんどの大学に相談窓口が設置されています7,8。)その上でどの手段を選ぶか、もしくは何もしないのも選択ですが、相談にだけはぜひ行ってください。

もしあなたの大切な方が被害に遭われてしまった場合には、セカンドレイプに気を付けてください9。事件の詳細を共有しなくても良いことを伝え、もしその人が共有したい場合、何もJudgeせずに「あなたは何も悪くない」と伝えてあげてください。そして、ぜひTitle IXオフィスへ相談に行くよう働きかけてください。

留意点

この記事では私のごく個人的な経験をもとに、そこから私個人が学んだことを共有しています。

  • 文献を引用していない限り、すべて私の個人的な経験や見解であり、他の方に当てはまるとは限らないこと
  • 私自身Title IXに関して勉強中なので記述に誤りがあるかもしれないこと
  • 今回のTitle IX部署の対応は私の大学に限るもので学校や国によって対応が異なる可能性があること

をあらかじめご了承ください。

参考文献:

1.Know Your IX, “Title IX” https://www.knowyourix.org/college-resources/title-ix/

2.山口智美『「性暴力を禁止する法律を育てていく」/あらゆる性差別を禁じる“Title IX”のコーディネーターに聞く、アメリカの今』https://wezz-y.com/archives/42171

3.Berea College, “Important Facts About Title IX” https://www.berea.edu/title-ix/important-facts-title-ix/

4.Rice University, “Sexual Misconduct Policy” https://sjp.rice.edu/sexual-misconduct-policy

5.American Civil Liberties Union, “Sex Discrimination” https://www.aclu.org/know-your-rights/sex-discrimination/

6.Nicole Wiitala, “Statute of Limitations Under Title IX”  https://sanfordheisler.com/statute-of-limitations-under-title-ix/

7.国立大学協会『国立大学のハラスメント相談窓口』 https://www.janu.jp/univ/harassment/

8.文部科学省『文科省におけるハラスメント対策に関する取組』https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/02/12/1413420_2.pdf

9.白木麗弥『セカンドレイプはなぜ起きる?被害者を守るためには』https://news.livedoor.com/article/detail/13668913/

関連動画:2020夏 慶應大編 海外大学院留学説明会【ジョンズホプキンス大学、ライス大学、ケンブリッジ大学、ノースウェスタン大学】(3:18から、海外大学院の概要、実際の生活、学位取得に向けた課程など)https://youtu.be/f-04Dn6JHoA

小松 夏実(コマツ ナツミ)
ライス大学 電気コンピューター工学科博士課程在学。慶應義塾大学出身。

作成者: Masashi Otani

アリゲーター🐊が大学のマスコットであるUniversity of Floridaでバイリンガル教育について研究しているPhD生。 2013年3月、創価大学国際言語教育専攻英語教育専修(TESOL)修士課程を修了。同大学ワールドランゲージセンター助教を経て、2016年7月に渡米。翌月よりフロリダ大学教育大学院教職研究科バイリンガル教育専攻にてPhD課程に在籍。現在はQualifying Exams(通称クオール)に合格してPhD Candidate(2021年8月の卒業が目標)。日本ではTESOLを専門分野としていたが、渡米後はバイリンガル教育という観点から一つの言語にとらわれずに専門性を磨いている。指導教授は、オランダ出身で、過去にTESOL International Association会長を務めたことのあるエスタ・ディヨン博士。指導教授による厳しい訓練の結果、日本では専門外であった小学校教員養成課程の授業を5セメスターに渡って担当する機会に恵まれた。留学経験はアメリカ以外にも、オーストラリアとメキシコでの経験がある。