「『日本人』学生としての自分」前場 謙輔さん

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前場 謙輔
Northwestern University, Economics, Ph. D. 課程

はじめに

私はNorthwestern Universityの経済学部の博士課程に在籍しています。この記事を執筆している現在は、4年目が終わるところで、就職活動が始まるまであと1年くらいのタイミングです。この記事では、自分がこれまでの4年間で強く感じた、日本から来た学生として海外で過ごす意味について書きたいと思います。

留学までの道のり

本題に入る前に、Northwestern Universityの博士課程に入学した経緯について少し書きたいと思います。留学を本気で考え始めたのは、日本で修士課程に入ってからでした。それまでは、漠然と「研究者になりたい」と思っていただけで、どういう経路でなるかについてはあまり深く考えていませんでした。もっと言えば、「世界的な研究者になるためには分野の中心であるアメリカに行った方がいいけど、これまで留学に向けて特に準備もしてこなかったし、日本で博士号を取るのかな」という感じでした。

そんな中、所属していた修士課程から毎年数人アメリカにPh.D.留学しているという情報を耳にし、それなら自分にもチャンスがあるのかもと思い、留学を真剣に考え始めました。ただ、留学していった先輩たちや留学を目指している同期と比べて、私はそれまで経済学を全然勉強してこなかったので、同じようにはいかないだろうなと薄々感じていました。学部時代から大学院の授業を履修していた彼らに対し、修士課程に入るまで大学院レベルの教科書として何が使われているのかも知らなかったくらいです。そんな自分ですが、修士課程2年目に必死に準備をし、何とかNorthwesternにwaitlistで引っかかり、最後の最後で繰り上がり合格となりました。後で書きますが、この経験がきっかけとなり、自分の留学生活に責任を感じるようになりました。

同じ言語を話せる強み

2017年9月にNorthwesternでの生活が始まりました。経済学のPh.D.は6年間やるのが主流で、Northwesternでは、最初の2年は経済学の基礎と各分野の最先端の研究を勉強し、次の2年で論文を書く練習、最後の2年で就職活動を行う際に名刺代わりとなる論文を仕上げる、といったカリキュラムが組まれています。優秀な学生や論文で名前を見た先生達に囲まれながら研究生活を送ることが出来るのはとても刺激的です。さらに、私の入学直前に新校舎が完成するなど、Northwesternでの生活は留学前に予想していたものより遥かに恵まれたものでした。

経済学部の入っている建物。全面ガラス張りで、上から見るとビジネススクールのメインスポンサーであるKelloggのKの形になっている。

その一方で、アメリカの研究大学に就職するためには、「厳しい競争」を生き延びないとなりません。例えば、1年目は学年末の試験に一発合格する必要があり、毎年数人が不合格の末に退学になります(この制度は2年後に廃止されました)。それ以降は退学がかかるような試練はありませんが、研究が上手く行かなかい時期が続くと、将来に対して不安を感じることは多々あります。研究自体はとても楽しいのですが、限られた時間の中で成果を出すことにまだ慣れておらず、時間がどんどん過ぎていくことに焦りを感じたのを覚えています。

こうした生活で大事になってくるのが、ネットワークです。同じような悩みを克服してきた教員(特に若手の)やプログラムの先輩にアドバイスをもらったり、話を聞いてもらったりすることは、精神衛生上とても大切です。特に、行き詰まっている時は悩みを自分の中で上手く言語化できていないことも多く、英語に自信がない人にとって、同じ言語を話せる人の存在は有り難いものです。それに加え、とりとめもない話をする際には、同じ言語を話す人の方が気持ち的に頼りやすい側面もあります。留学先で日本語を話せる人が大事というのは、留学の動機と矛盾しているように感じるかもしれませんが、新生活を始める上で彼らの存在は非常に大きいです。私自身も、当時在籍していた日本人の先輩には、生活のことから研究のことまで、色々お世話になりました。彼らと話せば必ず研究が前に進むとは限りませんが、少なくとも気持ちの面でかなり負担が軽減されます。

日本人の存在感

それでは、同じ言語を話す人がいればどれくらい研究成果が上がるのかと聞かれると、正確には分かりませんが、個人的にはその効果は意外と大きいと感じています。精神的な側面を通じて影響を与える部分もそうですが、そうしたインフォーマルな関係から共同研究に発展することも多いと思います。経済学の研究に言語の壁は存在しませんが、実際には、同じ言語を話す人同士で書かれた論文は結構多い印象です。そうした中で研究成果を積み重ねていくと、「良い」就職先で研究を続けることができる可能性が高まり、長期的には研究の質も上がっていくのではないかと思います。さらに、日本人研究者のパフォーマンスが上がれば、日本人学生のPh.D.コースへの合格も増えていくと予想されます。実際に日本人学生の留学先は、日本人教員もしくは日本人学生が在籍している所が大半です。

同じ言語を話すネットワークには、このようなフィードバック効果が多少なりとも存在しています。このサイクルが上手く回っていくと、日本人のネットワークはどんどん広がり、学界での日本人研究者の存在感も増していくでしょう。

最後に

これらを踏まえて言いたかったことは、「だから留学先で日本人で固まろう」ということではありません。留学先には色んなバックグラウンドを持った人達が集まってきており、そうした多様性が研究活動にプラスに影響を与えることは容易に想像できると思います。一方で、自分と同じバックグラウンドを持つ人達の存在も同様に大切です。そして、そのコミュニティーの存続に自分は有機的に関っています。

ここで最初の話に戻るのですが、私がNorthwesternに合格することが出来たのも、もしかすると先人達のおかげなのかもしれません。過去にNorthwesternに在籍した日本人学生の評価が私の合格を繰り上げたのかもしれません。だとすれば、自分も同様に将来の日本人学生の人生に影響を与えているのかもしれません。もちろん私の合格の裏側は分かりませんが、少なくともこういう風に考え始めると、Northwesternでの自分の行動に責任感が芽生えてきます。そして、自分が頑張ることで後輩達にもいい影響があるかもしれないと思うと、より一層意欲的に研究しようという気持ちにもなります。

Ph.D.留学は、自分のやりたい研究を比較的長期間しかも高い水準で出来る最高の環境です。それでも、長い生活の中で、どうしてもモチベーションが上がらない時が訪れます。そんな時は、この事を思い出すと一歩踏み出していけるのかもしれません。