「スイスで学びて時に遊ぶ、また楽しからずや」柴﨑祥太さん

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柴﨑祥太
ローザンヌ大学 博士課程修了(現・国立遺伝学研究所 特任研究員)(Twitter: @shota483_IL) 

 スイス・ローザンヌ大学にて2022年の夏に Ph.D.を取得した柴﨑祥太といいます。アメリカのノースカロライナ大学グリーンズボロ校で1年ポスドクをとして働いたのち、2023年の秋より国立遺伝学研究所の特任研究員として日本に帰国しました。

 スイスなどの欧州大陸側への留学生はアメリカやイギリスの国々に比べると少ないので、一つの事例として自分の経験を寄稿させていただきます。なお、近年のスイス留学に関する記事は EPFL の渡辺翔さんバーゼル FMI の齋藤諒さんの記事もご参照ください。特に、EPFL とローザンヌ大学は地理的に近くとも大学内の様子で異なる点があるので、その違いにはご注意ください。

大学院進学 (就職?) まで

 ローザンヌ大学では、所属したい研究室のPI (principal investigator) に雇用してもらう形で博士課程を開始します。「この研究室に参加したい」と思ったら、 まずやるべきことは TOEFL などのお勉強ではなく、 CV を添付して PI にメールを送る、あるいは PhD ポジションの公募が出ているならその公募に応募することです。PI のお眼鏡に適えば、教授の研究費で雇われるか、学生側が獲得した奨学金をもとに雇用されるという形式で博士課程を開始します (自分は後者のパターンです)。つまり、PI の許可と自分のお給料さえ確保できれば、語学の試験などの煩わしいものは何も要求されません。この点で、大学院受験というよりも (ポスドクの) 就職活動の方がやることは近いと思えます。なお、知人に確認した限りでは、ドイツなど他のヨーロッパの国々でも同じような状況のようです。

 私の場合は、修士 1 年の頃に今の指導教員である Prof. Sara Mitri に初めてコンタクトを取りました。微生物生態学関連の数理モデリングを専門にする学生が少ないことから、ぜひ連絡を取り続けようとの返信があり、奨学金を取れたら博士課程を始めるということで同意をえました。また、修士 2 年のころには、国際学会でフランスのリヨンに赴いた際に、スイスのローザンヌまで足を運び現地の見学やディスカッションを行うなど事前の打ち合わせも抜かりなく行いました。奨学金を獲得できた後は、必要な書類を揃えてローザンヌ大学に送るだけだったので、「果たしてこれで本当に留学できるのか」とやや不安に思ったのを覚えています。大学は粛々と手続きを続けて入学許可が降りたので、杞憂に終わりました。

進学後

 博士課程に所属したあとは、基本的に研究に集中します。時折、授業を受けたり修士学生を指導するということがあるため、日本の大学院とあまり差のない生活となります。博士課程修了までに取るべき単位数は少ない (12 単位) のですが、授業の数があまり多くない、授業の一部はフランス語のみで開講される、既知の内容 (統計やプログラミングなど) の授業である、そもそも授業に出るよりも自分で勉強する方が好きなどの理由から単位を集めるのに少し苦労しました。幸いにして、学会発表やプレゼン技術のワークショップでも単位が認められるので、自分はこれらを中心に単位を取得しました。

 ローザンヌ大学では博士号を取るまでにいくつかの審査があります。まず、博士課程開始後に、論文審査委員会 (thesis committee) を自分で組織し、一年目終了の時点で研究計画・進捗を短いレポートにまとめて、論文審査委員会に送ります。第二関門は、二年目終了までに行う中間試問で20ページ程度 (自分のものは Appendix も含めて70 ページほど)の中間報告書を提出するとともに、研究発表と質疑応答・フィードバックを受けます (全 2 時間)。大学の規程によると、中間試問の出来によってはクビの可能性もあるため、中間試問の直前は非常にストレスフルな時間でした (ただし、どれくらいの割合でクビ宣告を受けるのか自分は知りません)。中間試問を乗り切れば、残るは博論の提出とprivate/public defense のみとなります。ローザンヌ大学の規程では、博論の一部に出版済み・投稿中の原稿をそのまま使えるので、論文を書けば書くほど博論の執筆が楽になるシステムのようです。私の場合、博論提出時には論文2本の出版を終え、1本が投稿直前という状態でした。これらの論文を博論に三章分まるまる使えたので、実際に博論として書き下ろしたのは、謝辞、イントロ、ディスカッション、未出版の研究1章分だけでした。博士課程を通じて合計4つのプロジェクトに取り組みました。

余暇の過ごし方

 長期スパンにわたる留学生活において、研究と同程度に休暇の過ごし方も重要です。日本にはやや苦手な人も多いでしょうが、働くときには働き、遊ぶときにはしっかりと遊ぶことが健全な精神状態を維持するのに重要です。そして、健全な精神状態を維持することで、研究でも高いパフォーマンスが発揮されると私は思います。

 さて、スイスでの余暇の過ごし方と聞いてどのようなことを思い浮かべるでしょうか。スキーやスノーボード? それともハイキング? どれも正解です。実際に、週末はローザンヌから電車で夏はハイキングに、冬にはスキーやスノーボードをしに出かける人が大勢います。それだけでなく、学科内での冬山散策イベントや研究室でのハイキング (図1) も企画されます。

 また、スイスでは年間 25 日ほどの有給休暇が与らえ、毎年必ず二週間連続のバカンスを取得するよう大学から言われています。この有給やバカンスを利用して、スイスに来てからの三年間でスイス国内のさまざまな場所にハイキングに出かけました。例えば、ローザンヌにほど近く世界文化遺産にも指定されている Lavaux (図 2)、19世紀後半にヨーロッパで初めて山岳鉄道が建設された Rigi、「アルプスの少女ハイジ」に縁のある Mainfeld (図 3)、イタリア語圏の Monte Tamaro などに足を運びました。バカンスで普段生活しているフランス語圏から離れ、ドイツ語圏やイタリア語圏にいくと、街の様子やそこに住んでいる人々の雰囲気が変わるので非常に興味深く思います。例えば、ドイツ語圏に行くと生真面目で物静かな人をよく見たのですが、イタリア語圏に行くとおしゃべりで陽気な人が多いように感じました。

図 1. 研究室ハイキングの様子。筆者は左側手前から二番目。Dent de Vaulion にて。

図 2. Lavaux のワイン畑。対岸はフランス領。

図 3. ハイジたちの像。Maienfeld にて。クララ (左から二番目) はすでに立っている

 さて、私がローザンヌで意外に感じたことの一つに、武道が盛んだということがあります。ローザンヌにはオリンピック本部があるからか、スポーツが盛んなのですが、武道もかなり盛んです。大学のスポーツセンターには剣道、柔道 (と柔術)、空手、合気道、古武道のコースがあるだけでなく、大学外にも武道場があります。私も中学生以来続けてきた剣道をローザンヌでもしており、現地の人に混じって稽古をしつつ (図 4)、フランス語練習の場にしています (でも、フランス語は難しい…)。パンデミックの間は稽古が出来なかったのですが、ワクチン接種の広がりとともに 2021 年の夏からようやく稽古ができるようになりつつあります。

図 4. ローザンヌにて剣道をする筆者。

総括  ローザンヌでの生活は私は満足のいくものだった思います。もちろん、さまざまな苦労をしました。例えば、大学内外で予想以上にフランス語が必要な場面に直面したり、フランス語アクセントの強い英語を聞き取るのに苦労したり、日本語に比べて英語だと (瞬発的な) 思考力が下がって不正確な発言をしてしまうなどのことがありました。しかし、ローザンヌでの博士課程の間に、語学が苦手なりにうまくコミュニケーションをとる方法を考えたり、当初は予想しなかった数学的な手法に取り組んだりとさまざまなな成長の機会に恵まれました。また、日本にいた頃に比べてワークライフバランスの重要性を理解し、長期的かつ持続的に研究を続けるために、しっかりと休み遊ぶようになりました。今後、留学する方もぜひ研究のことだけでなく、他国での日々の過ごし方も学んでみてください。